2009年12月01日

自然な人間としての素朴さ

…田舎から送られてきたホウレン草です。
ホウレン草と言うにはあまりにも貧弱で、八百屋さんで売っているのと比べるとかなり見劣りがします。中にはほとんど虫に食われてしまったのもあります。
しかしこれが意外と味が濃く、甘くて美味しいのです。
85歳になる母が一生懸命作っていると思うと、味も格別なのかもしれません。
スケッチしながらいつも思うのですが。全ての創造物は類似しているということです。
放射状に力強く伸びている様は雪の結晶のようであり、葉の伸び方や葉脈の模様などにも一定の法則があります。自然界を形作る模様の法則をフラクタルというそうで、関数で表すこともできそれを利用して今ではコンピュータでよりリアルな景観を作ることも出来ます。
スケッチしながらよく観察していると、本当に面白いです。
つれずれ絵日記より引用】


先輩の食口(=教会員)の方のブログです。

○「ほうれんそう」【つれずれ絵日記
 http://ohmygod3.blog62.fc2.com/blog-entry-10.html



もちろん、人間は個性真理体と申します。食口にも本当に個性豊か、様々な方がいらっしゃいますが、信仰の道を深く、長く歩まれた、多くの先輩方には、共通して、自然な素朴さが印象に残ります。
うまく表現できないですが、「我」の無さ。時として信じられないぐらいの謙虚さ、柔和さ。それが人間としての深みに感じられるのです。
この、地上での生(人生)は、愛の人格完成のための道。どれだけ、高い人格。清い人格。深い人格を作り上げていくか。神様の似姿=親の姿に似るものとなっていく…。
素朴な深さを味わい、今日も精進・成長していきたいと思いました。
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2009年11月08日

キリスト教の牧師さん。文鮮明師自叙伝「平和を愛する世界人として」に感動!だって!

統一教会は、正式名称、世界基督教統一神霊協会といいます。
「なんだって!?世界のキリスト教を統一する?!」
「なんて傲慢なんだぁー!」とクリスチャンの方は考えるかもしれません。
また、教義の一部を示した『原理講論』では、「イエス様は、本当は十字架にかかるためにこの地上に降りてこられたのではない」と説明しています。
これだけを単純に見てみると、キリスト教の「(罪を持たない)イエス様が、私の罪を背負って、十字架にかかっていかれた」という「救済観」をまっこうから否定してしまうようにも感じられます。
「十字架」は「救いの象徴」なんです。その「十字架」をおろそうという運動までしているのが統一運動なんです。

※本当はその前後を含めて判断するとわかるのですが、もちろん、まっこうから否定しているわけではないのですよ。

一部のキリスト教の方から、嫌悪されてしまう一因であると思っております。反対牧師さんの動機のひとつになっているのではないでしょうか。
 【参考⇒】http://rachi.info/article/130293468.html

ところが、今日、以下の記事を見つけ、とてもうれしかったのです。

○キリスト教牧師が、文鮮明自叙伝に感動!【「統一教会の正体」 より】
 http://seijoch.blog34.fc2.com/blog-entry-49.html
ある、キリスト教牧師は、この自叙伝を読んで非常に感動し、礼拝壇上で、「信者さんたちに、是非読んでみるように!」と、勧めたそうである。
日本の国民の方々よ!
この、文鮮明先生の自叙伝を、是非、読んでみて頂きたい!
記事より抜粋】


統一運動は、宗教同士の和合と協調を目指しています。
文鮮明師は、世界の宗教のそれぞれの経典を調べてみると、ほとんどの宗教の7割以上が共通していると語られています。

神の願いは「1つになること」だ。統一教会員 デデボーのゴロゴロ読書より】
 http://uc-nn.info/article/130253055.html


お互いを認めて、ひとつになっていきたいです。
今日も世界で「違い」による争いや排斥が起きませんように!

私の中でも、私の周りでも。


posted by いち at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

涙が出てきちゃいました。〜統一教会人としての一言〜

突然、涙が出てきました。
○秋の祈り「金 顕承(キムヒョンスン)」【統一教会人としての一言
 http://seijokyoukaityou.blog20.fc2.com/

まっかなもみじのきれいな写真が飾ってありました。

写真のもみじを見ていると、なぜか知らずに、涙が一筋流れたのでした…。

この世の全ての自然、被造万物は、神様が、「人間のために」創られたとされています。「喜んでもらう為」 「学習する為」 「教訓とする為」 「快適な生活の為」…
精密で、美しくて、巧妙で、おおらかで、鮮やかで、目立たなくて、、どの被造万物にも、親なる神様がこれでもかっというぐらいの投入がされているのを感じます。大きな大きな愛情が込められています。
このもみじにもどれほどの神様の思いが込められているのでしょうか…。それを私たち人間はどれほど知っているのか。もみじにこめられた、神様の熱い思い、深い愛情をどれほど感じることができているのか…。
それを考えると、また、涙がこぼれそうになった次第です。

神様、あなたの愛をもっと感じられますように。
そして、多くの人にあなたの愛を伝えられますように。
posted by いち at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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