2009年10月10日

文亨進世界会長様のみ言より

「あなたは何故、統一教会に入ったのですか?」
なんとなく。
最初の質問に対する、私の率直な回答です。
 なんとなく、楽しそうだったから。
 なんとなく、断る理由も無かったから。
 なんとなく、神様っているんだ、と思ったから。

でも…
ある時は、すごく、しんどかったんです。
でも、「そこ」を超えたときの喜びは最高でした。

ある時は、苦しすぎて、もうやめた!と思ったんです。
でも、それでも「一歩だけ」踏み出した時、夢から覚めたような
ハッピーエンドが待っていたんです。

ある時は、本当にあきらめて、捨てたんです。開き直ったんです。
私には無理だったんだ…
でも、はずされませんでした。私は捨てられる事がなかったんです。

後から振り返ったとき、そのあまりのタイミングに、状況に、環境に…絶妙なその結果、考えられないその結果に、神様の息遣いを感じたんです。

神様は、ずっと見ている。すぐそばにいる。
そして、「私の復帰」を最後まであきらめない。どんなに背いても、反対に向かって走っていっても、絶対に「私の幸せ」をあきらめないでいて下さる方なんだ!
 と思ったのです。
私の場合、それが、統一教会の神様だったんです。

そう、ここが、タマタマ統一教会だったんです。

「何故統一教会に通っているのですか?基督教ではだめなんですか?仏教は?」

今は、うまく答えられません。

文亨進世界会長様の最近語られたお話(み言)にこういうものがありました。
…「どうして統一教会人になったのですか?世界にはさまざまな偉大な宗教があるのに」
私は十年間、自らに問い続けました。栄進兄さんが昇華(「亡くなる」事)されてから、私は修行の生活に入りました。そして、世界の宗教を勉強して、様々な宗教の門を叩きました。時には修道院で祈りをささげ、時にはお坊さん達と一緒に生活し、イスラム教のモスクで礼拝をささげ、そしてハーバードでも世界宗教について勉強し、そのような探求を十年続けてきました。最後の二年間は牧会も行ないました。
そして非常に多くの驚くべき世界の宗教の偉大な内容を目の当たりにしました。
特に驚いたのは、キリスト教のイエス様のアガペー、偉大なる無私の愛です。ヨハネによる福音書15章13節に「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」という聖句があります。これは驚くべき次元の愛の世界です。偉大なる犠牲の愛の姿です。
仏教でも、仏様は大いなる慈悲の心を持っています。例えどんなに小さな昆虫のような生き物であったとしても、その命を慈しんで、その命を奪わずに、大切に、最後まで救っていこうとする、そのような優しい心を持っています。これも驚くべき偉大なる愛の姿です。
イスラム教のムハンマドが示した姿は、どんなことがあったとしても、絶対に神様の命令に従っていこうとする絶対忠誠、絶対信仰の姿でした。美しい姿です。
そこで私は探求を始めたのです。世界の偉大な宗教、イエス様のアガペーの愛、そして仏様の慈悲の愛、ムハンマドの従順の愛、絶対忠誠の姿。
それに対して、私たちは「原理」、そして真の愛というものを持っています。その真の愛というものは、それらと比べてみて、どのような性質のものでしょうか?それらより、あきらかに優れたものだといえるのでしょうか?あるいは、そのような偉大な愛と同じようなものなんでしょうか?



…思った以上に長かったです。
ですから、続きは次回に…。


posted by いち at 01:03| Comment(1) | TrackBack(0) | み言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月01日

み旨の道[19] 〜生活の標語〜

「神様を知ること」を生活の標語として、どこにおいても神様を探し、発見する生活をしなさい。
〜み旨の道より〜


小さくても、神様を感じる出来事に遭遇すると、心があったかくなります。でも、日々の忙しさや、やるべきことに忙殺されていくと、そういう小さな神様との出会いを見落とすことが多いですね。
私たちもさびしいことですが、神様にとっても寂しいことではないでしょうか。無視されるわけですから…。
小さな神様、たくさん見つけていきましょう!

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posted by いち at 18:18| Comment(0) | TrackBack(0) | み言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月28日

み旨の道[18] 〜分かってほしい?〜

分かってくれることを望むな。苦労を密室に貯蔵しておきなさい。見えないことを見て、喜びなさい。
〜み旨の道〜


本音を言うと、(私だけではなく)誰しもが思う事。自分のこと分かってくれると、うれしい。苦労したこと、悲しかったこと、うれしいこと、寂しかったこと…。分かってほしい。

ぼくがどれだけ傷ついたか!
ぼくがどれだけ誤解されているか!!
ぼくがどれだけあの人のために…!
ぼくが…!私が…!

わかってほしい。

ぼくの事わかってよ!

わかってよ!!

でも、み言はそうはいっていない。何故?
人にわかってもらうことを望む?わかってくれない。
でも…
その前…
むかし、むかし…
ずーっと前から、神様が知っていて下さってる。
そう、だから心配しなくてもいい。ずーっと一緒だから。
心配しなくても、これからも、ずーっと一緒にいますから。

それが、親なる神様。

あなたも、そんな神様に、出会ってみたいと思いませんか?
posted by いち at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | み言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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