2010年10月19日

「理論だけではない」【キリストの偉大さ】[2]

※前の記事:




クリスチャントゥデイのフォーラムを見ておりました。

クリスチャントゥデイ
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このHPのフォーラムの項目では、

クリスチャンの方の生の声が見れます。いろいろな考え、意見の一端を見ることができます。

目に留まったところは、「賭けに負けた神」のスレッド


〜省略〜

★ 53 【朝一番。】様の投稿
(省略)
…頭でイエスの信仰を理解するのも大事だけど究極的には魂が父と結びつくことが大事。そのための愛を知るための過程で頭で聖書を知ることが必要ということだということじゃない?

 文系の議論はどうも両極端に走ってしまう。一方の主張を誇大に取り上げることで誤解をふりまこうとする。それが悪いところ。政治の世界でもよくあることだよね。

 たとえば蓮舫議員の「一番じゃなきゃだめなんですか?」発言は、そのまま一番でなければいけない理由をお聞かせくださいという疑問形で捉えるべきなのに、相手の発言を悪く捉えて非難する。。

 とにかくかぞちちゃんはただ心で知るだけの神様を言ってるんじゃなくて、頭で知ることは大事だけどそれだけでは、わからない魂の次元の愛の世界がある。聖霊のはたらきというもの、まさに信じるその人に神様が直接働きかけてくださる世界がある、それを経験しない限りには信仰の核心には至らないだろうということを説明しているのであって、頭で聖書を知ることが無用であるとは一言も言っていないと思うよ。

★ 54 【弟が落ちぶれて帰ってきまして】様の投稿

そうですね。。。
言い過ぎを引っ込めます。

言いたいことの重大性にたいして悲しいほどの語彙貧弱・論理薄弱。

宗教行為や信仰の対象の実相を少しばかり議論してみたかったのです。

議論しようとしたら,「祈ってあげますよ」といわれました。
これは,少々こたえました。


★ 55 【朝一番。】様の投稿

>>54 これは,少々こたえました。

そうそう。信仰の世界に入るとだれでもそういう壁にまずはぶつかる。

霊的な世界というものがわからずに、理論だけではわからない世界、神の愛によってすべて全てが分かる世界だからね。

世の中の学者の世界のように頭のいい人が良く分かるというような世界ではない。深い愛を知る人、低くできる人、弱い人、しいたげられた人こそが深く理解できる逆説の世界。その一番底辺で世界を支えておられるのがまさに神様に他ならないんだと思う。

★ 56 【朝一番。】様の投稿

だから結局だれも自分を誇ることのできない世界ともいえる。

心で深くわかる人。言葉で深く伝えられる人。祈りで恵みを受ける人。はたまた霊的ないやし、聖霊による治癒の奇跡を行える人…それぞれの特性に合わせてそれぞれ神様に用いられる賜物が与えられる世界。それがキリストの世界。だから互いが互いに敬いあって一つになれる世界なんだと思う。

クリスチャントゥデイフォーラム>「賭けに負けた神」より抜粋】


すばらしいと思います。キリストの偉大さ。

神様が、イエス様が何百年、何千年と愛し投入してこられた、キリスト教の世界は、理屈抜きで、「祈ってあげますよ」と、言葉が出る。

他のスレッドを見ても、議論と言ってもただぶつかるだけではなく、相手をうやまい、相手の為に祈る。なにより、それが自然に出る。キリストが残された、偉大な文化なんだなぁ、と感じます。



★51 【神様のかぞち】様の投稿から抜粋

 神様って、教義の上で説かれるだけのものではありません。それが世の学問とは違うことと思います。世の学問はいくら追求しても、その著者や学者の霊がやってきてその愛に触れる・・なんてことはないと思います(照)。。

 しかし聖書の上に現れる真の神は、その人が正に心でその神様を信じ、愛するとき、真の愛を聖霊を通して答えてくださいます。魂がそれに呼応するようになります。

 そこまでの段階に至るには、ただ「教義上の神を学ぶ」教理的な信仰だけでは、どうしても不可能なのです。かくいう私も同じ経験を辿ってきましたが、実際に聖霊に促された牧師の働きや、霊的なクリスチャンたちとの愛の交わりを通してのみ、正に己の魂に呼びかけられる神様の声に気づくことができると思います。

【同「賭けに負けた神」より抜粋】


頭だけでなく、理屈抜きに肌で感じ、魂で受け止め、心で理解する、そんな神様にもっと深く、深く出会っていきたいと思うひとときでした。

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ラベル:キリスト教
posted by いち at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月13日

「病者の祈り」【キリストの偉大さ】[1]

大事をなそうとして
力を与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと
弱さを授かった

より偉大なことができるように
健康を求めたのに
よりよきことができるようにと
病弱を与えられた

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして
権力を求めたのに
神の前にひざまづくようにと
弱さを授かった

人生を享楽しようと
あらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと
生命を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた
神の意にそわぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた

私はあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ


(J・ロジャー・ルーシー神父)
〜「祈りの詩」より〜


イエス様が十字架で、生きているものすべての罪を背負われて、天に召された時から、2000年以上、時がたちました。

今、この西暦が始まってから、あるいは紀元前も振返り、この地上でもっとも多くの人に影響を与えた人物が、イエス様であったことは、共産主義者であっても認めざるをえない事実では、ないかと思います。

そして、イエス様から始まったキリスト教、そしてキリスト教文化は、素晴らしいものをたくさん生み出されました。

例えば、冒頭の、祈りの言葉はご存知でしょうか?
「病者の祈り」と呼ばれている、有名な詩(祈祷文)です。

キリスト教が生み出してきた祈りの言葉は、どれも時代を超えて、心の奥、本心に直接響きます。また、知識のあるなしに関わらず、誰にでも理解でき、神様に通ずるものがあると思います。

落ち込んで力が出ないとき、逆境に追い込まれたとき、すべてのことから逃避したくなるとき、この神に通ずる言葉が力を与えてくれるのです。

こういったものに触れる度、この「キリストの偉大さ」をたくさん相続して、もっと神様のために、世界のためにお役に立てる自らになりたい…と思います。


※今回はこちらのページより引用させていただきました会田夏彦とその仲間達のHome Page
【参考資料】
A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFEREDすのはらの「春原主義」
病者の祈りインターネット家族会
病者の祈り / The Answer to All My Prayersふたりあるき
病者の祈り おすすめ。→【元のページ

そして、あらゆる宗教、思想、哲学、民族を超えて、今世界の人が(自覚せずとも)求めている、特に信仰の先輩であられるクリスチャンの方々が切望している、再臨の主を、ここにお迎えすることができました。

その再臨の主を、(その真贋を含めて)調べ、求め、学ぶ時は、今しかないと思います。

ご訪問、感謝申し上げます。
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posted by いち at 00:56| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月29日

中国の漁船が日本の領海に不法侵入した上、故意に日本の船を破損したのに、あえて船長釈放したのに、日本は中国から批判されるのでした。



政治的判断は、あまり良くわからないので、いち素人のいち意見ですが…。

中国側には、「目的(野心)」があり、それに向けて、あらゆる出来事を、最大限に

利用して目的達成のため、粛々と歩んでおられるようです。

今回、日本の「友好国への好意」(地方の判断で終わってしまったのでもっと残念です)が、

ちゃんと、相手に伝わり、なおかつ、世界に伝わればよかったのに。

もったいない。残念でなりません。

ひとの言葉ですが、以下の、この部分。私も思いました。


船長を解放する時に首相声明や官房長官声明を出してこういうべきだった。

『日本が国益を考え、日中間相互とアジア全体の安全と平和のために、"敢えて"政治的に妥協して船長を送り返した。この度の船長のした事は、日本に対する明確な侵略行為であり、正義は我々の側にあるので、今後こういう事がないように、中国政府はもっと努力すべきである』
【引用元:藤井厳喜氏-YouTubeのビデオメッセージ



世界日報でいっていることも、まとも。(みなさんも、そう思うかも)


桐蔭横浜大学法学部教授のペマ・ギャルポさんは、今回の日本政府の動きについて、次のように述べ、嘆きます。
「独立国家日本は主権を放棄し、国家としての尊厳を失った。今回の中国漁船による日本の領土領海侵害に対する日本政府の対応は取り返しのつかない愚かな判断であったと思う。実に残念で情けない」(世界日報2010.9.28、12面
【引用元:天地の諸事情


強さがないと、国も国民も守れません。言うべきこと、やるべきこと、これだけは、

国のトップとして、やってほしかったなぁ、という思いが、強く残ってしまいました。


あなたは、どう思われますか?
ラベル:事件
posted by いち at 12:28| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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