2010年05月21日

昇華について

人は死んだらどうなるの?

難しい問題だと思います。

@人は必ず死ぬ。
A(基本的に)死んだ先のことを見てきた人がいない。


この理由ゆえに、「確実な答え」が出たことはなかったし、
しかし「問題にしない人」はいなかったと考えます。

あなたは死んだらどうなると思われますか?

ネットで、とある方の、以下の様な意見を発見しました。
...つまり私の結論は、ほとんどの人が死ねばすべてが失われると考えているわけではなく、来世やあの世になんらかの期待(金でない利益)をしているということです。みな無意識のうちに、そうやってまっとうに生きることへの見返りを期待しているのですよ。だから、死ねば何もなくなるというのは詭弁です。死後の世界があるかないかは私にはわかりませんが、世界の圧倒的な人々が死後を恐れ、期待しているのですよ。...

人は死んだらどうなる?での、ANo.4「shubal」様の回答より引用 by OKWave


面白い意見だと思います。考え深い。「多くの人は、死後の世界を意識して生きていると、いう見方をしている。”死後の見返り”がないと、善意や無償の説明ができない」といわれるのでしょうか。

個人的には、ある面、多くの人が納得する答えではないかと考えます。私自身、教会に出会う前、その様に考えていたんだともおもいます。

(でも、無償や善意の行動、については本心が無条件で欲するものであると今は思っています)

極端な意見を引用いたしましたが、つまり、死後の世界は(誰もが認める様な)証明はされていないものの、(誰もが)なんとなく実在を信じているということは多くの人の認識ではないかと思います。

多くの人が漠然と感じているように、生きてきた生前の人生が、「死後の世界」に反映される。

統一教会(統一原理)では、さらに具体的に、「死後、どこに向かうかは、生前作り上げてきた自らの魂が自らの意思で選択する」といっております。

霊界に行けば、「自らの魂(愛の器)が”もっとも居心地のいいところ”に落ち着く」のです。

なにか後ろめたくて、誰も見ていないところでしか心休まらない場合、真っ暗な闇の中に落ち着くのかもしれません。

愛する喜びに目覚め満ち溢れていたら、愛する対象(人)が溢れてる、にぎやかなところに居場所を求めるかもしれません。

生前の「人生」では、魂磨き・愛の器の完成を目指します。

そして、肉身を脱いで、純粋な霊体、いわば魂だけになって、死後の世界、神様の懐へと「昇華」していくのです。

統一教会では、6月第一週は毎年恒例の「統一慰霊祭」の日です。

第28回全日本昇華祝祭を開催します統一教会公式HPより】
 http://www.ucjp.org/?p=2218

昇華して「霊人」となった家族と、時間と場所を共にして交流する。
そんなひと時の場が、「統一慰霊祭」であります。

私自身スタッフとしてお手伝いに何度か行ったことがあります。
不思議と、本当に感動して、心が満たされるのです。

そして、限られた「生」の時間、人生の大切さを痛感し、今日に感謝、明日に頑張ろうという思いに満たされます。

統一教会の、統一慰霊祭に、参加してみませんか?

posted by いち at 03:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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