2009年07月23日

父の祈り(文鮮明師の祈祷)[7]

<<前の記事:父の祈り(文鮮明師の祈祷)>>
@希望編(1)
A希望編(2)
B希望編(3)
C心情編(1)
D心情編(2)
E映像版(1)



天情に徹して涙を流させてください

今まで私たちは、お父様を
栄光の中で喜びをもっておられる方として
認識していました。
すべての福と富貴栄華を
自由自在に私たちに与えることができ、
私たちに解放の喜びと目的を
達成させてくださる方であると思っていました。
しかし、
天の背後の事情を知ってみますと、
福を与えたくても、福を与えることのできない
内的な曲折があるということを知りましたし、
恨むべき六千年の悲しみの歴史を
蕩減復帰しなければならないという、とてつもない事実を
私たちは知りました。
今、そのような事情を知りましたので、
行うことのできなかった人間の愚かさを、
嘆息する者となるようにしてください。

お父様はこの民族を探してこられたお父様であり、
世界人類を探してこられたお父様であることを
分かるようにしてください。
この歩みには、
今までの悲しみの涙が染み付いていますし、
今までの苦痛の障壁が残っているということを
知りました。
きょう私たちは、
そのようなお父様の苦痛の城壁のとなり、
悲しみの都城(=中心地)となって、
お父様の憤りと恨みを抱き、
その責任と使命を果たすため、
怨讐との決戦途上において、
血と涙を注ぎ、闘うことのできる
私たちとならなければなりません。

お父様!
私たちが天情に徹して
人類愛の心情を抱き、
あえぐことのできる者たちとなるようにしてください。
山河を眺めるときにも、
お父様のご心情を抱き、涙で見つめることができ、
民族を見つめるときにも、やはりそのようにし、
人類を見つめるときにも、やはりそのようにできる
私たちとならなければなりません。

私たちはお父様が願われる個体となり、
お父様が願われる家庭を築き、
その家庭を中心として、
お父様が願われる理念的な世界を
建設しなければなりません。
建設すべき範囲が大きければ大きいほど、
より多くの血涙を流さなければならないということを
知りました。
個人を探すためにも、
家庭を探すためにも、
民族を探すためにも、
涙を流さなければならないということを
知りました。
この道は、人間的に見るときには、
悔しい道であり、
憤懣やるかたない道であり、
苦しい道ですが、
あなたが歩んでこられた道ですので、
これを喜びの道、
感謝の道、
栄光の道に変えて行くべき
曲折の路程であることを知りました。

生命が尽きる時まで、お父様に侍ることにおいて、
すべてのものを消耗させることを
誇りとするようにしてください。
あなたと共に、最後までこの道を駆けていくことのできる
私たちとなるようにしてくださいますことを、
切にお願い申し上げます。
そのような立場で、
涙でもってお父様の栄光を謳うことのできる
私たちとなることを、
もう一度決心させてくださいますことを切にお願い申し上げながら、
主のみ名によってお祈り申し上げました。アーメン。

(一九六一年二月一二日)



神様って、悲しみを感じたり、無念に思ったりするの?!

初めて聞いたとき、ありえない…と思いました。

信じられない話でした。

でも統一原理を理解するにつれ、納得して…。

そして信仰生活を歩むなかで、実感…、痛感してくるのです!

天のお父様…。真の御父母様…。あなたの悲しみ、苦しみは…





☆三  ☆三  ☆三  ☆三  ☆三  ☆三  ☆三  ☆三  ☆三
ご訪問感謝いたします。
よろしければ、ワンクリック↓、ご協力お願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 宗教へ
にほんブログ村
posted by いち at 18:01| Comment(3) | TrackBack(0) | 祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

日々、宗教ランキングをたどりながら、このページで祈祷を感じています。このブログ活動自体が私自身の訓読生活の一部と感じています。
Posted by 朱雀秀 at 2009年07月23日 21:37
神様の切ないご心情をよく理解できる祈祷文ですね。
師も、「神様を正しく知ること。」
このことの重要性をいつも語られます。
やはり、どのような立場にあっても、一人の信仰者として、同時に神様の子女として(ほぼ同じ角度ですが)の立場が一番重要だと感じます。
だからこそ、師のみ言が必要になのでしょうね。
堕落人間として生まれてしまった者として、自動的に堕落性のままに生きてしまう。
み言があるからこそ、自身を正していけると実感します。
Posted by s-haneishi at 2009年07月24日 12:08
コメント感謝いたします。

朱雀秀様、コメント感謝いたします。恐縮です。

あまり、み言よくわからない自身ですが、父の祈りは、心にしみこんでくる感じがします。

s-haneishi様、コメントありがとうございます。

み言って、ぼけっとなったり、ふらふらしたりするときも必要だと思いますが、大丈夫!と思っているときでも、必要。「はっ」としたり、正される…。

24時間、必要なんだと思います。

ご飯は必ず一日3度、摂取しますが、み言はどうかとおもうと、それがなかなか…。だから知らずに堕落性に振り回されている…。

日々精進・成長ですね。

また、足をお運びください。ありがとうございます。
Posted by いち(管理人) at 2009年07月24日 15:37
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。