2009年11月02日

何か問題が起こるのも、病気になるのも、謙虚さや本当の悟りを得るために神さまが準備してくれた宿題かも知れません。

何か問題が起こるのも、病気になるのも、謙虚さや本当の悟りを得るために神さまが準備してくれた宿題かも知れません。それを【条件】の力で終わらせていいのでしょうか?

一時問題はなくなるのかも知れないけれど、心が育っていないなら、また繰り返すのではないかと思います。

子供に関する事として表面化する問題などは、子供が幼い頃に、親自身が内包している問題を解決するほうが簡単だと思います。幼い子供の心は、まだそれほど大きな影響を受けていないでしょうから。

その時期に根本的な解決をできないまま後回しにしてしまうと、子供が成長してからも、何度もその問題が形を変えて表れてくるので、長期間、その問題にさらされてきた子供の性格も複雑になっているでしょう。親自身の問題とともに、子供が抱えてしまった問題まで解決しなければならなくなります。その時には、親だけの努力では子供自身の問題は解決できないかも知れません。親とはいえ、自分以外の存在である子供の心を変えることはできないのですから。


私たちが生きている大きな目的は、「愛の完成」です。「神様の似姿」という、本来のあるべき姿になる!
そのためには、どうする?

欠陥を直す。課題を克服する。修理するのです。
長所を伸ばす。神から贈られた「ギフト」をみがくのです。

神様がそれを願われているのですから、さまざまな環境や人、現象や問題を通して、それを悟らせ、その道に至らせるのです。時には、病気や事故を通して…。

これを知らないと、「なんで、私だけ!」「どうしてこんなに運が悪い?」「不幸…」となるのだと思います。

精誠条件は、運勢を、出会いを、現象を変える!!その力にもなるのでしょう。だから、病気を治そう!問題を取り除こう!ともなるかもしれません。でも、そのためだけに、精誠条件を立てるのでしょうか?



「何のために精誠を尽くすのか…?」これを考えさせられる、そんな記事でした。

「統一教会は、ごりやくだけを追い求める、わけではないんです」

○「祈祷について」【Unificationism(統一教)の真実】より
 http://blog.livedoor.jp/lotus1014/archives/51317525.html
BlogImgUnifica.jpg
韓国の方と祝福を受けて家庭を持った、韓国在住の、日本人食口・大先輩のブログです。一見、淡々と書いているように見えますが、人生経験からくるだろう、とても実感のこもった内容の、深い、読み応えのあるブログだと思います。

本当に神様の願いを考えて祈るなら、それはただ「願いをかなえてほしい、問題を解決してほしい」ではないと思います。


日々、精進・成長ですねっ。

posted by いち at 23:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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