2009年08月13日

父の祈り(文鮮明師の祈祷)[10]

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H決断編2

あなたの前に自らこうべを垂れて謙虚な心をもたせてください。

お父様!
私たちは、
あなたの歴史的な宿怨を
解怨成就してさしあげられる孝子孝女たちが、
この地に生きている息子・娘の中に
現れなければならないということを知っています。

お父様!
あなたが長い歴史過程の間、
それほどまでに数多くの峠道を耐えて来ることがおできになったのは、
会いたい息子と互いに会おうという
内情的な力があったからだということを知るものです。
そのようなことを知るとき、
果たして私たちがそのようなお父様をお迎えすることができ、
また歴史過程においてのすべての困難を忘れさせてさしあげられる、
お父様が会いたいと思う息子・娘になったのかを考えてみるとき、
あなたの前に済まなさと恥ずかしさを禁じる道がありません。

そのような私たちは、体と心のすべてを捧げて
あなたのみ旨に生きた祭物になるとしても、
そのように長々しくも悲しい逆境を克服してこられた
あなたの事情を慰労してさしあげ、
あなたに報いてさしあげられる
何の条件も備えることができない私たちです。
このような私たちの姿を考える度ごとに、
かわいそうなお父様であられることをまた感じるものです。

このような息子・娘を、サタンの前に
私の愛する息子・娘だと誇らなければならない
お父様の立場が、どれほど寂しく悲惨であるかを
もう一度考えるものです。
ですので、この地上には必ずや
お父様が心を許すことのできる
息子・娘がいなければなりません。
尾等s間!
私たちはお父様の対面と威信と事情を
案じることができなければなりません。
私たちがどんなに内外にその何かを備えたとしても、
あなたのみ旨の前に現れるにはあまりにも足らず
恥ずかしい姿であることをよく知っていますので、
お父様が探してくださった恩賜の前におそれ多い心、
感謝する心を持たなければなりません。
そのような心が私たちの生活の中に、
あるいは生涯路程の中にこもり、
自らこうべを垂れ、
僕のような立場で生活しなければならないということを悟ることのできる、
あなたの息子・娘となるようにしてください。

このような立場に立ってこそ
お父様の慰労の対象となることができ、
お父様が私たちの謙遜さを賞賛なさることができ、
私たちがお父様のみ旨の前において
順応するその姿を見て誇ることができる
条件になることを知っていますので、
お父様、
そのような立場に至ることのできない私たちを
もう一度哀れにお思いください。
終わりの日に残されるようになる最後の十字架を背負い、
生命をすべて捧げてでも、
その使命を果たすにおいて不足のないよういで立つ
息子・娘たちとなるようにしてくださいますことを懇切にお願い申し上げながら、
すべてを真の父母のみ名によってお祈りいたしました。アーメン
(一九七〇年七月一ニ日)



常に、神様を気づかい、私たちを息子・娘として愛し、赦して、とりなして、導いてくださる。
そこにあるのは、限りなく「無私」の世界であるのではないかと思います。

私は「父のみあとを慕いていく者」。お父様の歩まれた道を慕い求めて生きたいのです。


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posted by いち at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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