2009年08月03日

感動は、心の糧![2] 〜一杯のかけそば2〜

一杯のかけそば(続き)

からの続きです。

また1年が過ぎて――。
 北海亭では、夜の9時過ぎから「予約席」の札を2番テーブルの上に置いて待ちに待ったが、あの母子3人は現れなかった。
 次の年も、さらに次の年も、2番テーブルを空けて待ったが、3人は現れなかった。
 北海亭は商売繁盛のなかで、店内改装をすることになり、テーブルや椅子も新しくしたが、あの2番テーブルだけはそのまま残した。
 真新しいテーブルが並ぶなかで、1脚だけ古いテーブルが中央に置かれている。
「どうしてこれがここに?」
 と不思議がる客に、主人と女将は『一杯のかけそば』のことを話し、このテーブルを見ては自分たちの励みにしている、いつの日か、あの3人のお客さんが、来てくださるかも知れない、その時、このテーブルで迎えたい、と説明していた。
 その話が「幸せのテーブル」として、客から客へと伝わった。わざわざ遠くから訪ねてきて、そばを食べていく女学生がいたり、そのテーブルが、空くのを待って注文をする若いカップルがいたりで、なかなかの人気を呼んでいた。


 それから更に、数年の歳月が流れた12月31日の夜のことである。北海亭には同じ町内の商店会のメンバーで家族同然のつきあいをしている仲間達がそれぞれの店じまいを終え集まってきていた。北海亭で年越しそばを食べた後、除夜の鐘の音を聞きながら仲間とその家族がそろって近くの神社へ初詣に行くのが5〜6年前からの恒例となっていた。
 この夜も9時半過ぎに、魚屋の夫婦が刺身を盛り合わせた大皿を両手に持って入って来たのが合図だったかのように、いつもの仲間30人余りが酒や肴を手に次々と北海亭に集まってきた。「幸せの2番テーブル」の物語の由来を知っている仲間達のこと、互いに口にこそ出さないが、おそらく今年も空いたまま新年を迎えるであろう「大晦日10時過ぎの予約席」をそっとしたまま、窮屈な小上がりの席を全員が少しずつ身体をずらせて遅れてきた仲間を招き入れていた。
 海水浴のエピソード、孫が生まれた話、大売り出しの話。賑やかさが頂点に達した10時過ぎ、入口の戸がガラガラガラと開いた。幾人かの視線が入口に向けられ、全員が押し黙る。北海亭の主人と女将以外は誰も会ったことのない、あの「幸せの2番テーブル」の物語に出てくる薄手のチェックの半コートを着た若い母親と幼い二人の男の子を誰しもが想像するが、入ってきたのはスーツを着てオーバーを手にした二人の青年だった。ホッとした溜め息が漏れ、賑やかさが戻る。女将が申し訳なさそうな顔で
「あいにく、満席なものですから」
 断ろうとしたその時、和服姿の婦人が深々と頭を下げ入ってきて二人の青年の間に立った。店内にいる全ての者が息を呑んで聞き耳を立てる。
「あのー……かけそば……3人前なのですが……よろしいでしょうか」
 その声を聞いて女将の顔色が変わる。十数年の歳月を瞬時に押しのけ、あの日の若い母親と幼い二人の姿が目の前の3人と重なる。カウンターの中から目を見開いてにらみ付けている主人と今入ってきた3人の客とを交互に指さしながら
「あの……あの……、おまえさん」
 と、おろおろしている女将に青年の一人が言った。
「私達は14年前の大晦日の夜、親子3人で1人前のかけそばを注文した者です。あの時、一杯のかけそばに励まされ、3人手を取り合って生き抜くことが出来ました。その後、母の実家があります滋賀県へ越しました。私は今年、医師の国家試験に合格しまして京都の大学病院に小児科医の卵として勤めておりますが、年明け4月より札幌の総合病院で勤務することになりました。その病院への挨拶と父のお墓への報告を兼ね、おそば屋さんにはなりませんでしたが、京都の銀行に勤める弟と相談をしまして、今までの人生の中で最高の贅沢を計画しました。それは大晦日に母と3人で札幌の北海亭さんを訪ね、3人前のかけそばを頼むことでした」
 うなずきながら聞いていた女将と主人の目からどっと涙があふれ出る。入口に近いテーブルに陣取っていた八百屋の大将がそばを口に含んだまま聞いていたが、そのままゴクッと飲み込んで立ち上がり
「おいおい、女将さん。何してんだよお。10年間この日のために用意して待ちに待った『大晦日10時過ぎの予約席』じゃないか。ご案内だよ。ご案内」
 八百屋に肩をぽんと叩かれ、気を取り直した女将は
「ようこそ、さあどうぞ。 おまえさん、2番テーブルかけ3丁!」
 仏頂面を涙でぬらした主人、
「あいよっ! かけ3丁!」
 期せずして上がる歓声と拍手の店の外では、先程までちらついていた雪もやみ、新雪にはね返った窓明かりが照らしだす『北海亭』と書かれた暖簾を、ほんの一足早く吹く睦月の風が揺らしていた。


調べてみると、いろいろ物議をかもす話でもあるようですが…。

[Wiki]一杯のかけそば

実話だろうが、うそ話だろうが、この話を通して、感動をもらったり、

少し人にやさしくできるようになれば、それでいい。それがいい。

この話を通して、神様の愛を感じることができれば、それが、神様から

のメッセージなんだと思うのです。神様は、どこで、どんな風に私たち

に働きかけてくるか、わからないから。それが、また楽しみなんです。

あなたは今日、どんな神様からのメッセージを感じましたか?


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
ご訪問、感謝いたします。
どうぞ、あなたに神様からの愛がふんだんに、充分に
降り注ぎますように!
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posted by いち at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人生問題、あなたは持っていますか?

○人生問題は原理から
 〜人生の悩みの解決に役だてるように ONE FAMILY UNDER GOD〜
 http://wa195627.blog88.fc2.com/

人の一生は、一回きりです。

私の人生も、一回切りですし、

あなたは人生終わった後、もう一度やりなおせますか?

…無理だと思います。

じゃぁ、一度きりの人生、悔いを残さない様に…

問題は、解決しただけ、さらに前に進みます。気持ちも軽く…。

人生問題、考えている方、解決しようとしている方は、このブログが

参考になると思います。

○人生問題は原理から
 BlogImgJinseimondaiha.png
http://wa195627.blog88.fc2.com/


挨拶文の抜粋です。
人の心の問題の解決の道
人生の問題は原理からというような内容で、書き始めようと思います。

一度はだれでも人生の問題に悩んだことがあると思います

私も高校時代に、なぜ 良いことをしようという心と悪いことをしようと考える心があるのだろうか?
人のために何か役立ちたいという心と人を犠牲にしても自分が良くなりたいという心があり、絶えず葛藤していたことを思い出します

そして、死後の世界はあるのだろうか
どんな世界だろうかと、友達と話し合っていると時間を忘れて話しこんでいたこともありました。

ただ、霊界の存在はあると感じていました。霊を見たりしたこともあるので、人間は死んだらなくなるのではなく霊になることもわかっていました。しかし、それなら生きている目的は何だろうかと考えます。

そして、男女の問題です。テレビや雑誌など、性的興味をそそるような内容があり、これは本当にいいことだろうか?よくないことではないだろうか?と悩みました。しかし、なかなか答えが見つかりませんでした。

男女の問題は特に強烈に誘惑してきます。しかし、心はそれはよくないことだと話かけてきます

そのような問題を考えながら、なぜ、原理を知ることは大切なのか?を一緒に考えていきたいと思います。
【人生問題は原理から】から引用


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posted by いち at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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